源流を探り、未来に生かす

Citizen Design Source Project

https://ms.citizen.jp/assets/AXIS増刊号_CITIZEN_最終版

2024.08.07

創業100周年を機に、シチズンのデザイナーが自ら「シチズンデザインらしさ」を探求するため、過去のモデルに学び、そこから得た気づきを集約して「デザインソース」として言語化を行った。社外アドバイザーによる客観的分析を経ながら、約5年にわたって進められたプロジェクトを紹介する。

過去のモデル100本を現役デザイナーがリサーチ

2016年に始まった「シチズンデザインソースプロジェクト」は、シチズンの創業100年を振り返り、次の100年に向けてどのような時計をつくっていくべきかを考えるという社内プロジェクトだ。リーダーを務めたデザイナーの岡村直明は、「過去のモデルに含まれるシチズンデザインらしさを言語化することで、これからの100年に活かせる“秘伝のタレ”のようなデザインソースを抽出することが目的だった」と説明する。その方法として、現代にも通用するデザイン要素をもつ良作100本を選び、現役デザイナーがそれらの細部を観察して得た気づきを言語化し、書籍としてまとめることになった。

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 プロジェクト当初には、社外アドバイザーとして東京大学 安斎勇樹特任助教によるワークショップを実施。人と組織の創造性を引き出すマネジメント方法論を研究する安斎は、「多くの企業が悩んでいるが、歴史が長いほどデザインのアイデンティティをまとめるのは簡単ではない」と話す。「デザイナーとしての主語『私』と、組織としての主語『私たち』では語る言葉も変わります。自主研究とも呼べるこのプロジェクトにおいては、メンバーが使う主語のレベルを上げ下げしながら、さまざまな視点でシチズンデザインを捉えていくことが肝になる」。そのうえで、シチズンらしいデザインとは何か、100本の選定基準はどうするかなどをテーマに、デザイナーと商品企画担当者がディスカッションした。

 次に、シチズンが所蔵する約6,000本のモデルから1,000本に絞り、社員約300名へのアンケート調査を実施した。内容は「シチズンらしいデザイン」と感じる時計3本を挙げ、その理由を自由記述で回答するというもの。アンケートを設計した東京都立大学の伏木田稚子准教授が留意したのは2点。まず「デザイン」という言葉を「時計を製作する際の創意・工夫」と定義し、「外観、技術・機能、感性という3つの観点から評価する」と基準を設けたこと。もう1点は「シチズンらしい時計」ではなく「シチズンらしい“デザイン”の時計」と強調したことだ。プロジェクトの根幹はデザインにあると明示し、会社に対する個人的な想いが先行しないよう配慮した。コメント 2024 08 05 152600 伏木田は900件近い回答の自由記述を最小単位の語に分解し、どの語が多く出現するのかを調べた。さらに、複数の語が同時に出る組み合わせパターンを各回答と照らし合わせながら分析。「例えば、ユニークや革新的という好意的な文脈で、技術、電波、アンテナなどの語が一緒に出ていた。それは、“洗練された技術”と解釈できるかなと。そうしたパターンを集めて、デザイナーと一緒にそれぞれ名前を付けました。それがシチズンらしいデザインを表現する12のカテゴリーです」。この「12のカテゴリー」に当てはまることを第一条件とし、今度はデザイナーが中心となって100本のモデルを選定。そのうえで、各デザイナーが1本1本を詳細にリサーチし、どのような使い勝手や感覚をユーザーにもたらしているか、スケッチと言葉で記録していった。

 岡村は、「デザインの基本は観察。自ら手を動かすことで気づきを言語化しやすくなる」と話す。参加した岡崎利憲は、「普段の業務ではできない体験でした。個々のデザイナーが思うシチズンデザインらしさを共有でき、自らも考え直す機会となりました」。デザイナーの大嶽彩加も、「過去のモデルをスケッチして向き合ううちに、12カテゴリーのすべての言葉が腑に落ちるのを感じました」と語る。

 仕上げとして、このデザインリサーチを通して得た気づきから、最も重要だと考えるデザインソース、未来に継承したいデザインの知見を書籍としてまとめ、社内で発表。安斎は、「できあがった書籍の充実度に驚いた」という。「このプロジェクトはアイデンティティを探りながら、参加メンバーが自分たちの内側に眠っていたものを掘り起こして、シチズンの時計をデザインすることの“ 誇り” を取り戻すプロセスでもありました。自らの足場固めを5年も続け、一冊の重厚な本に集約したことは、インハウスデザインの取り組みとしてとても真摯で新しいと思います」。コメント 2024 08 05 152636コメント 2024 08 05 152658コメント 2024 08 05 152728

量的分析と質的分析の両軸でデザイナーの暗黙知を言語化

 ただ、プロジェクトはここで終わりではない。前半はデザイナーの主観によるデザインリサーチだったが、後半ではその成果を再び客観的に捉え、さらなる体系化を目指した。岡村は、「社内で、プロジェクトの成果を今後の商品開発にも生かしていくべきだという声があった」と明かす。「そのためには、前半で取りこぼした気づきに光を当てる必要があると考えました」。コメント 2024 05 10 175731
 「前半の量的分析に加え、質的分析の両軸で進めるのがよいのではないか」という伏木田の助言に基づき、質的分析を専門とする東京大学の山本良太特任助教が参加することになった。大規模なアンケートには量的分析が向いているが、例えば「この時計はイソギンチャクのように見える」といった、他とは違う意見は“ 外れ値”、“ 例外”として排除されがちだ。また、デザイナーの気づきには安心感や親しみといった感情に関する言葉が多く、そこに山本は違和感を抱いたという。山本は、「今回シチズンデザインの特徴を言語化するために、通常はこぼれ落ちる回答、違和感を感じる回答を拾い上げて、それらの言葉の背景にある感情を分析しました」と話す。 まず、前半のデザインリサーチでデザイナーが寄せた2,000超の気づきのコメントやスケッチをすべてデジタルデータ化。伏木田がそれに量的分析を適用し、「ESSENCE OF CITIZEN DESIGN(シチズンデザインの本質)」として8か条の言葉に言語化した。コメント 2024 05 10 175811コメント 2024 05 10 175755

 一方、山本はデザインリサーチに記述された感情に関わる言葉を、100本のモデルすべてについて抽出し、類似性や共通性によって分類していった。それを76のキーワードとそれをグループ化した11カテゴリーにまとめたのが、「ELEMENTS OF CITIZEN DESIGN(シチズンデザインの要素)」だ。これは個々のデザイナーのなかで暗黙知として蓄積されてきたものであり、シチズンの時計がユーザーに与える感情を形にするためのヒント&テクニック集ということができる。

 さらに今回のプロセスから大きな気づきが得られた。それは、「タフとエレガント」「柔らかさと強さ」など、一見相反する要素がひとつのモデルのなかで共存する傾向があるということ。山本は、「矛盾・相反する観点の調和こそ、シチズンデザインらしさを生むひとつの型として機能しているのではないか」と仮説を立てた。さらに「二面性のある複雑な感情を持ち合わせているからこそ『人間味』につながっているのではないか」とも言う。岡村も、「実は自分のデザイン作業においても、この仮説と近しい感じを抱いていました」という。「これまで無意識にやっていたことがデザインチームの共通言語になった。これから意識的に面白い議論や実験が展開されていくと思う。とても楽しみです」。コメント 2024 05 10 175913名称未設定 2

多様な商品群への落とし込みが課題

 プロジェクト自体はいったん完了したが、岡村は「このプロジェクトで結論を導きたいわけではないし、アウトプットをつくって終わりではない」と念を押す。100本のモデルを見ればわかるように、時代が変われば時計も変わる。今回抽出されたデザインソースはあくまで、今のメンバーが今のシチズンデザインらしさについて考え、定義をしつづけていくための資料、という位置づけだ。大嶽も「デザインソースを眺めているだけでインスピレーションが湧いてくる。新しいデザインを生み出しやすくなる土台ができたと思っています」と話す。Axis増刊号 Citizen 最終版3
 今後の課題のひとつは、デザインソースを「アテッサ」「クロスシー」といった多様な商品群にどう落とし込んでいくかだ。そのモデルがユーザーに与えたい感情とは何か、そこに含まれる矛盾・相反の観点は何か、といったテーマを各チームでディスカッションし、これからの商品デザインに反映していく。こうしたボトムアップの活動が進んでいけば、「シチズンデザインとは何か」を一言で定義できる日がくるかもしれない。それこそが、時代や環境が変わっても、変わることのないシチズンデザインの秘伝の味(ソース)というわけだ。

出典:AXIS増刊号「シチズン 時のデザイン」

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この世界を生きぬく人のために

「感情のデザイン」は、2016年からスタートした「シチズンらしさ」を探るプロジェクトから生まれたシチズンのデザインフィロソフィーです。 ― 腕時計は感情とともにある。 一目見たときの「ワクワク」 触れて気づく「やさしさ」 腕につけたときの「安心感」 ふとした瞬間に眺める「喜び」 共に時を重ねることで感じる「愛おしさ」 心の奥にある言い尽くせない感情 身に着けるひとの心の動きに共鳴し 潜在的な感情を呼び起こす。 それが私たちの目指すデザインです。 ―

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赤ちゃんのような感覚

 こういったものこそ現代の人が持つべき時計ではないか、そう思わせてくれる一品です。  モノがあふれている世の中に、大切に扱いたいという気持ちを催させ、しかし決して幾何学的ではない柔らかな曲率で構成されたモノ自身が持つ愛おしさが、まるで赤ちゃんを扱うかのような気分にさせてくれます。巻きすぎると千切れてしまうのではないかと、丁寧にまわすりゅうずはしっかりとしたクリック感とバネの反発力を感じさせてくれます。  秒針は、機械ならではの小気味よい運針を見せてくれます。いまどきの時計にない、チクタクとなる音も大きく、中に機械が入っているのだと実感させてくれます。  その機械を見たくて裏ぶたを開くと、コリマソナージュがきらめく歯車の存在感が目を引きます。りゅうずに連動して煌めくのでついついまわしてしまいます。発色のよいルビーは、奥にある動くがんぎ車に、動くたび違って見える化粧を施しているかのようです。歩度調整も自分でできそうな大きな緩急針で、機械まかせではない自分の時間のペースを生み出している感覚になります。  いつもは使わないジーンズの右小ポケットにするっと収まり、卵のように手になじみます。時のあいだの間隔は、いつでも自分で変えられる。赤ちゃんのように優しく、大切に扱いたくなる。 100年の歴史が始まった最初の時計です。

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発想の転換

 アイディアによるデザインの広がりを考えさせられるモデル。元々は12、6 時にサブダイヤルを持つムーブメント。それを90 度回転させて12時側にプッシュボタンを配置することで3、9時のサブダイヤルとなり、6 時側になったカレンダーは1つのサブダイヤルとしたデザインで「下三つ目」のクロノ顔が完成しました。12 時位置にプッシュボタンを配置したことで機能を妨げることは全くありません。  ケースの形状も大きなアールで丸められ大変馴染みが良いものとなっています。この全体の丸みがこのモデルの大きな特徴となっており、手の中に持った際にユーザーに心地良い印象を与えます。白黒コントラストの文字板からパンダとも呼ばれるのは、この全体の丸みのあるケースシェイプにも由来するのでしょう。  このように「ムーブメントを回転する」という発想の転換で腕時計本来の機能を損なうことなくデザインに変化を与え、その特徴を最大限に引き出した好例と言えます。元々のものから発想を変えることで全く別の形に生まれ変わる。その柔軟な発想がデザインの幅を広げ特別なキャラクター作りに貢献しています。「ツノクロノ」という愛称がついたのもその証です。  このような手法は普遍的な腕時計のスタイリングの幅を広げる上でデザイン的に有効な手段です。

https://ms.citizen.jp/assets/015_02-04_ボイスレコーダー_01

未来から来たような形

 このモデルを表現するには、「未来感」という言葉が一番しっくりくるように思います。  一見すると宇宙船のコックピットのようにも感じられる特徴的な造形は、1984 年、今から40年以上も前にデザインされました。過去の時計なのに「未来感」を感じさせる、様々な機能・要素が集まっているにも関わらずまとまりがある、造形が個性的なのにシンプルに感じる、不思議な要素が詰まった時計です。  シンプルさを感じるのは、エッジが立っていて、造形が大胆でシャープだからかもしれません。揺るぎのない潔いラインや、パキパキと移り変わる面の心地良さが、各要素の複雑さを一つにまとめて、一体感を生み出しています。  またシャープな中に「親しみ」や「可愛らしさ」を感じるのもこのモデルの魅力。直線的なラインの中に現れる、大きなアールの付いた丸みのある見切りやスピーカー部分、CITIZENロゴやRECの文字だけに施された金や赤のカラーリング、全体的にモノクロでまとめた中で少しだけ外した要素が、愛らしさを生み出しています。  「6 秒間の録音・再生が出来る」という当時としては画期的だった機能を、VOICE とTIMEという2つの顔で明確に分けることによって時計に上手くレイアウトし、機能性がデザインのインパクトとなったこの時計は、現代でも通用する未来的な造形と、唯一無二の愛らしいディテールを持っています。